最近の報道で、「失業」「解雇」「ハローワーク」といったキーワードが目立ちます。職を失った方や、職を求めても見つからない方は大変お気の毒だと感じます。
が、少し視点を変えてみると、失業が存在するのは当然だし、それが拡大する傾向にあるのも当然だと思うのです。
例えば100名が暮らし、全員が100%働いてやっと食料が自給出来る原始的な(未開の)村があったとしましょう。
そこにイノベーションが起きます。機械化によって農作業が楽になります。品種改良によって手間のかからない作物が作られるようになります。天気予報の確実性が上がれば、台風による被害などを避けることが出来るようになります。結果として、例えばですが、100人のうち50人が働けば十分な食料が得られる社会が出来上がります。そうです。この例では50名が「失業」するわけです。この場合の失業は悲しいことではなく、むしろ喜ぶべきこととも言えます。
我々の現実社会でも続々とイノベーションが起き続けています。であれば、働く必要の無い人が生まれてくる(増えてくる)のは当然とも言えるでしょう。
問題は「失業」そのものにあるのではなく、「働かない=収入が無い=住処が無い=食べ物が無い=人間としての尊厳が無い」という等式を作ってしまったことにあるのかもしれません。労働=収入という等式は神様が決めた絶対原理ではないのかもしれません。
壮大な実験が一度は失敗した社会主義・共産主義。これらについて詳しくは知りませんが、ひょっとすると彼らが目指したのは「健全なる失業」や「失業の分散化」だったのかなと思う今日この頃です。
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